世界平和の作り方

peaceiconこの頃は9条の解釈変更の件で、「平和」への意識が高まったのでは?と、感じます。

キッカケとしてはどうかと思うところも多いにありますが、
せっかくの機会ですから、一人一人が
「どうしたら平和を構築、維持、できるのか?」ということを、
考えてみるという世の中になるといいなと思っていたりします。

「世界平和」は、どうしたら実現できるのか?

私個人としては、「お互いが多様性を受け入れ合うこと」かな?と、思っています。

そして、「一人一人が自分自身を幸福にすること」でもあるかなと思います。

たくさんの人を救うとか、変えるとかいうのではなく、
一人が自分自身だけと向き合えばいいんです。

そうすれば、莫大な予算も要らなければ、大掛かりな設備投資、
何かの仕組みに費用をかけなければならない、ということもありません。

どんな国のどんな文化圏の人であっても、
自分自身だけを幸せにして、そして、隣り合う人たちのことを
責めたりしない、否定もしない、ただ、違うものだと認識をして受け入れる。

ただそれだけで、争い合う理由など、どこにもなくなるんじゃないかと思います。

本当はこれまでだって、戦争で誰かを殺めた兵士の方も、
目の前の人に恨みがある訳でもなんでもなかったはずです。
ただ、国と国の対立や、お互いの宗教の違いだったり、限られた資源を
奪い合ったりする理由の中に、相手のことを「敵」としなければならなかった
戦争をする上での都合があっただけじゃないかと思うんです。
もっと複雑なものだと言われる方もあるかも知れませんが、
小さな重なりが積もり積もって、大きな戦争へと発展しているじゃないかと感じるのです。

マザー・テレサのことばとして言われている。

「私は反戦運動に参加しません。しかし平和運動なら参加します」
「もし、平和を希望するのであれば、反戦運動に参加をするのではなく、今、身近にいる人に対して、やさしく接することの方が大切」

ノーベル平和賞受賞の際のインタビューで 「世界平和のために私たちはどんなことをしたらいいですか」と尋ねられたテレサの答え。
「家に帰って家族を愛してあげてください」

などの言葉は有名かと思いますが、これも同じ意味合いではないかと感じています。

ネットのあちこちで、このことばの解釈に対しても、いろいろと反応はあるようですが、それもまた「多様性」なのかも知れません。

ただ、「それなら、人を殺したいということも受け入れればいいのか」と、言われる方もあるかも知れませんが、本当にそれを言う人が、人を殺すことが快感であり、最高の幸せだと言うのなら、その心の闇と向き合うことが大切なのかも知れません。

受け入れずに「闇」だと押し付けているという方もいらっしゃるでしょうか!?
人は初めから、誰かを殺すために生まれて来たりするのでしょうか!?

そういう議論も含め、「平和について考える」そして、違う意見であっても、
まず受け入れてみる。
(そういう意見の人もいるんだなぁ。と、思える気持ち。)

日本は戦後、成熟した社会を構築、維持してきたように思います。
野蛮な殺し合いの文化から脱して、あらゆる方面から解決方法を導き出せる、
高度な知識や、秩序や、道徳的な観点でも、とても理性的な判断が出来る国民を育てたのではないかと思います。
そんな日本人が、この地球において、時を同じくして生きる人類に対して
貢献できる役割や可能性は、とても大きいんじゃないかとも感じます。

私個人は、学があるわけでもないし、大きなことが出来るわけでもないと思いますが、「いろんな人がいる」という現実を、もっともっと大きく受け止められるように。せめて、自分の心のキャパシティは、広げて行きたいものだなと思っています。

一人一人ができることを考えてみませんか。(^-^)

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