難民映画祭「私たちが誇るもの〜アフリカン・レディース歌劇団〜」in札幌

UNHCR難民映画祭サイトより

・日本初上映

・メルボルン国際映画祭2016年オフィシャルセレクション作品
アフリカ各地から暴力や性搾取を逃れ、オーストラリアにやってきた4人の女性たち。
現在は仕事や家庭を持って暮らしているが、祖国で受けた心の傷は癒えてはいない。
反乱軍によって性奴隷とされたアミナータ、幼い頃に親に捨てられ自分の年齢すらわからないヨーディ。家族にも打ち明けていなかった辛い過去。その体験を舞台にすることにより、周囲の理解と自分たちへの自信を深めていく。
女性たちのしなやかな強さを描いた感動作。

こちらの作品は、難民映画祭の各地で今後上映予定です。
10月22日(日) イオンシネマ大高(名古屋) 19:00開始
10月28日(土) 朝日生命ホール(大阪) 19:00開始
10月29日(日) 大阪ナレッジシアター(大阪) 19:00開始
11月5日(日) レソラNTT夢天神ホール(福岡) 19:00開始
11月12日(日) 広島国際会議場(広島) 17:00開始

各会場の申込みは締切済みですので、
空席などの問合せ、当日券の有無はUNHCRの各会場まで。

私たちが誇るもの〜アフリカン・レディース歌劇団〜
映画祭2本目の映画がこちらの作品でした。
「歌劇団」という名前から、華やかな舞台の物語を想像する人もいるかも!?
しれませんが、この歌劇団を構成している人たちは、
アフリカから逃れ、難民としてオーストラリアで暮らしている女性たちでした。
難民映画祭のテーマのもと、上映されているドキュメンタリーの中で、
近年起こっている中東、シリアなどでの紛争による難民問題を
取り上げた映画が多い中、長く内紛や貧困が続き、問題を抱えて来た
アフリカの難民問題がテーマの作品となっています。
と、書いてしまうと、実はそれだけではない、というのもこの作品にはあって、
社会的に、紛争地域外でも起こりえる問題を包括している作品だとも思います。

登場人物たちは、カウンセリングに通う4人の女性。
それぞれ、オーストラリアに避難してきた理由は様々ですが、
演技のワークショップに声をかけ、参加してくれたのは
みんなアフリカの各地から来た女性でした。

内紛の中、兵士になれと幼い頃に連れ去られ、
そのまま兵士たちの中で性奴隷にされ、命からがら逃げて来た人。
家族の中で虐待され、親兄弟、従兄弟たちにまで性的暴力を受けた人。
幼い頃に路上に放り出され、自分の年齢もわからないまま
物心つく頃には性の奴隷にされた人。
誰の子かもわからない子を孕み、幼いながらに産み落としても
育てられず、誰にも助けてもらえず、亡くしてしまった人。
みんな、自分の過去を消してしまいたいものとして、
誰にも知られたくない、バレないように、と、ずっと残るトラウマと戦うために
カウンセリングに通っていたのでしたが、
ワークショップに参加し、お互いの体験を話し、聞く事によって
少しずつ気持ちに変化が現れ始めます。

戦争や紛争の無秩序の中に、必ずと言っていいほど
女性の性奴隷性暴力被害の問題が起こっている気がします。

男性にはわかりにくい問題なのかもしれませんが、
同じ行為でも、暴力になるケースとそうでないことの
境目がわからない人もいるのでしょうか。
それとも、自己保身のために、わからないフリをしたがるのでしょうか。
本当は「同じ」行為でなんて、まったくないのに。

作品の中でも、不幸にも暴力を振るった相手と再会してしまった時に、
顔見知りでもあったことから、勇気を振り絞って質問をしたという
場面がありました。
「今、どう思っているのか?」と。
せめて、反省や謝罪の気持ちを持っていて欲しい。
過ぎたことは消せないけれど、今と向き合おうとしている女性に、
それはあんまりに酷だという答えが返って来たのを聞いて、
ますます心の傷の根が深くなっていくのを感じました。

そんな深い傷を持ち、長年癒されないまま
自分を隠し、過去を否定し、苦しみながら生きている彼女たちが
舞台で演じる内容は、そのまんま、生々しいほどの自分の物語

演じることに意味はあるのか?
過去を追体験するかのような辛さを、いつまで続ければいいのか?
人前に立って、自分の隠しておきたい過去を洗いざらい、
それも、本人が生々しさを持って伝えるという内容。

演じる本人も、それを組み立てる側のスタッフも、
苦悩をしながら作品を創り上げて行きます。
完成するのかどうかもわからないまま、ただ、時間を重ねて行く中で、
4人それぞれの気持ちに変化が現れてくる。

周囲の思いとしては、それこそ様々あるのだと思います。
だからこそ、彼女たちは何事もなかったかのように日常を振るまい、
その影で、苦しみ続け、過去を隠し続けて来たのだと思うので。

それでも、私は多くの人は、目の前に存在する彼女たちのことを
「生き延びて、今、ここに存在してくれていることを、祝福したい」と、
考えるのではないかと思うのです。

苦しい過去は変わらない、けれど、今とこれからは、
その過去に囚われて、苦しむ必要などない。
苦しみから生き伸び、新しい生活と家族を得たことを、
そのまま喜び、過去の辛かった分まで、楽しんで生きてもらいたい。

人の前に立つ、ということは、
隠しておきたかった部分を開放し、人目に触れさせてしまうこと。
けれど、何も恥ずべきこともなければ、
そのことを、蔑まれるべきことでもない、と、
彼女たち自身が体感し、受け入れることが出来たなら、
やっと本当の苦しみから逃げ切れることになるのかもしれないと感じました。

彼女たちの苦しみが伝わって来て、涙が止まらなかった作品です。
観ているのが辛いという方もいらっしゃるかもしれません。
けれど、紛争地だけでない問題だけに、いろんな人に観てもらえたらいいな、
という作品かと思いました。

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